小部経典

3:ウダーナ

2.5. 在俗信者の経(15)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、或るひとりのイッチャーナンガラ〔村〕の在俗信者が、サーヴァッティに到着したのです。或る何らかの用事があって。そこで、まさに、その在俗信者は、サーヴァッティでその用事を済ませて、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、その在俗信者に、世尊は、こう言いました。「在俗信者よ。まさに、あなたは、長い〔時間〕かかって、この機会を作ったのですね。つまり、この、ここにやってくるために」と。

 「尊き方よ、わたしは長いあいだずっと、世尊と相見“まみ”えるために近づいて行こうとするのですが、いっぽうで、また、わたしは、あれやこれやと諸々の為すべき用事があり、多忙でありまして、そういうことで、わたしは、世尊と相見えるために近づいて行くことができなかったのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「法(真理)を究めた多聞“たもん”の者には、彼には、何であれ、〔所有する物は〕有りえない。まさに、安楽〔の思い〕がある〔だけのこと〕。所有ある者を見よ――打ちのめされている。人は、人にたいし、結縛の形態あるもの(人は、所有の思いに悩まされる)」と。

 〔以上が〕第五〔の経〕となる。