小部経典

3:ウダーナ

4.2. 〔心が〕高揚した者の経(32)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、クシーナーラーに住しておられます。ウパヴァッタナにあるマッラ〔国〕のサーラ〔樹〕の林において。さて、まさに、その時、大勢の比丘たちが、〔心が〕高揚し、傲慢となり、動揺し、口が悪く、言葉が乱れ飛び、気づきを忘却し、正知なく、〔心が〕定められていない、混迷した心の者たちとなり、〔感官の〕機能も自然のままに〔放置し〕、世尊から遠く離れていないところで、林の小屋に住しています。

 まさに、世尊は、それらの大勢の比丘たちが、〔心が〕高揚し、傲慢となり、動揺し、口が悪く、言葉が乱れ飛び、気づきを忘却し、正知なく、〔心が〕定められていない、混迷した心の者たちとなり、〔感官の〕機能も自然のままに〔放置し〕、遠く離れていないところで、林の小屋に住しているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「身体が守られていないことで、さらには、誤った見解に打破されたことで、〔心の〕沈滞と眠気(昏沈睡眠)に征服されたことで、〔人は〕悪魔の支配に赴く。

 それゆえに、心が守られた者として、〔世に〕存するように。正しい思惟(正思惟)を境涯とする者となり、正しい見解(正見)を尊ぶ者となり、〔物事の〕生成と衰微を〔あるがままに〕知って、〔心の〕沈滞と眠気を征服する比丘は、一切の悪しき境遇(悪趣)を捨棄するであろう」と。

 〔以上が〕第二〔の経〕となる。