小部経典

3:ウダーナ

4.6. ピンドーラの経(36)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)に住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地(祇園精舎)において。さて、まさに、その時、尊者ピンドーラ・バーラドヴァージャが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて――林にある者(林に住む者)として、〔行乞の〕施食の者(托鉢で得られた食だけで生きる者)として、糞掃衣の者(ぼろ布で作った衣をまとう者)として、三つの衣料の者(三つの衣料だけを所有する者)として――求めることが少なく、〔常に〕満ち足りていて、〔世俗の事物から〕遠く離れ、〔他者と不必要に〕交わらず、精進に励み、向上の心(瞑想)に専念する、頭陀行の者(衣食住における不要物の放棄を自らに課す修行者)として――坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者ピンドーラバーラ・ドヴァージャが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて――林にある者として、〔行乞の〕施食の者として、糞掃衣の者として、三つの衣料の者として――求めることが少なく、〔常に〕満ち足りていて、〔世俗の事物から〕遠く離れ、〔他者と不必要に〕交わらず、精進に励み、向上の心に専念する、頭陀行の者として――坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「〔他者を〕非難しないこと、害さないこと、しかして、戒め(波羅提木叉:戒律条項)において〔自己を〕統御すること、かつまた、食について量を知ること、なおかつ、辺境に臥坐すること、さらには、向上の心(瞑想)に努めること――これは、覚者たちの教えである」と。

 〔以上が〕第六〔の経〕となる。