小部経典

3:ウダーナ

5.6. ソーナの経(46)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者マハーカッチャーナは、アヴァンティ〔国〕に住しおられています。クララガラのパヴァッタ山において。さて、まさに、その時、在俗信者のソーナ・クティカンナが、尊者マハーカッチャーナの奉仕者(世話係)です。

 そこで、まさに、静所に赴き坐禅する在俗信者のソーナ・クティカンナの心に、このような考えが浮かびました。「まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣(袈裟)をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか」と。

 そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナのおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナに、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、静所に赴き坐禅するわたしの心に、このような考えが浮かびました。『まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか』と。尊き方よ、尊貴なるマハーカッチャーナさま、わたしを出家させてください」と。

 このように言われたとき、尊者マハーカッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナに、こう言いました。「ソーナさん、為し難いことなのですよ。まさに、生あるかぎり、食事は〔一日〕一回、〔常に〕独り臥すのが、梵行です。さあ、ソーナさん、あなたは、まさしく、そこ(家)において、在家者のまま存しつつ、覚者たちの教えに専念しなさい――相応しい時に〔のみ〕、食事は〔一日〕一回、独り臥す、梵行に〔専念するのです〕」と。そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナに有った、〔まさに〕その、出家の衝動ですが、それは静息しました。

 再度また、まさに……略……。再度また、まさに、尊者マハーカッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナに、こう言いました。「ソーナさん、為し難いことなのですよ。まさに、生あるかぎり、食事は〔一日〕一回、〔常に〕独り臥すのが、梵行です。さあ、ソーナさん、あなたは、まさしく、そこにおいて、在家者のまま存しつつ、覚者たちの教えに専念しなさい――相応しい時に〔のみ〕、食事は〔一日〕一回、独り臥す、梵行に〔専念するのです〕」と。そこで、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナに有った、〔まさに〕その、出家の衝動ですが、それは静息しました。

 三度また、まさに、静所に赴き坐禅する在俗信者のソーナ・クティカンナの心に、このような考えが浮かびました。「まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか」と。三度また、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナのおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、在俗信者のソーナ・クティカンナは、尊者マハーカッチャーナに、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、静所に赴き坐禅するわたしの心に、このような考えが浮かびました。『まさに、尊貴なるマハーカッチャーナさまが法(教え)を説示する、そのとおり、そのとおりに、このことは、為し易いことではない――〔すなわち〕家に住み止まっていながら、法螺貝を磨いたかの、絶対的に完全なる清浄にして、絶対的に円満成就した、〔完全無欠の〕梵行を歩むのは。それなら、さあ、わたしは、髪と髭を剃り落として、諸々の黄褐色の衣をまとって、家から家なきへと出家してはどうだろうか』と。尊き方よ、尊貴なるマハーカッチャーナさま、わたしを出家させてください」と。

 そこで、まさに、尊者マハーカッチャーナは、在俗信者のソーナ・クティカンナを出家させました。さて、まさに、その時、アヴァンティ〔国〕の南路は、比丘が少なく、そこで、まさに、尊者マハーカッチャーナは、三年を経過して、苦難と困難とともに、そこかしこから十衆の比丘の僧団を集めて、尊者ソーナを受戒させました(具足戒を授けた)。

 そこで、まさに、雨期を過ごした、静所に赴き坐禅する尊者ソーナの心に、このような考えが浮かびました。「まさに、わたしは、彼を、世尊を、面前に見たことがない。さらに、また、わたしは、聞いているだけである――『彼は、世尊は、このような方でもあれば、このような方でもある』と。それでは、もし、わたしのことを、師父(尊者マハーカッチャーナ)がお許しになるなら、わたしは、〔世尊のおられるところへと〕行くのだ。彼と、世尊と、相見えるために。阿羅漢と、正自覚者と、〔相見えるために〕」と。

 そこで、まさに、尊者ソーナは、夕刻時に、坐禅から出起し、尊者マハーカッチャーナのいるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ソーナは、尊者マハーカッチャーナに、こう言いました。

 「尊き方よ、ここに、静所に赴き坐禅するわたしの心に、このような考えが浮かびました。『まさに、わたしは、彼を、世尊を、面前に見たことがない。さらに、また、わたしは、聞いているだけである――「彼は、世尊は、このような方でもあれば、このような方でもある」と。それでは、もし、わたしのことを、師父がお許しになるなら、わたしは、〔世尊のおられるところへと〕行くのだ。彼と、世尊と、阿羅漢と、相見えるために。阿羅漢と、正自覚者と、〔相見えるために〕』」と。

 「ソーナよ、善いことです、善いことです。ソーナよ、あなたは、〔世尊のおられるところへと〕行きなさい。彼と、世尊と、相見えるために。阿羅漢と、正自覚者と、〔相見えるために〕。ソーナよ、あなたは、相見えるのです。彼と、世尊と――浄信の方にして浄信をおこすべき方と――〔感官の〕機能が寂静となり意“こころ”が寂静となった方と――最上の〔身の〕調御と〔心の〕寂止を獲得した方と――〔自己が〕調御され〔感官の門が〕守られ〔感官の〕機能が制された龍と。相見えて、わたしの言葉でもって、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝しなさい。病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねなさい。『尊き方よ、わたしの師父の尊者マハーカッチャーナは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝し、病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねます』」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者ソーナは、尊者マハーカッチャーナが語ったことを喜んで、随喜して、坐から立ち上がって、尊者マハーカッチャーナを敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、臥坐所をたたんで、鉢と衣料を取って、サーヴァッティのあるところに、そこへと遊行〔の旅〕に出ました。順次に遊行〔の旅〕を歩みながら、サーヴァッティはジェータ林の、アナータピンディカ〔長者〕の園地のあるところに、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、尊者ソーナは、世尊に、こう言いました。「尊き方よ、わたしの師父の尊者マハーカッチャーナは、世尊の〔両の〕足に、頭をもって敬拝し、病苦少なく、病悩少なく、軽快であらせられ、活力があり、平穏にお暮らしであるかを尋ねます」と。

 「比丘よ、どうでしょう、大丈夫ですか。どうでしょう、順調ですか。どうでしょう、疲れ少なく旅をしてきましたか。また、〔行乞の〕食(托鉢)で疲れていませんか」と。「世尊よ、大丈夫です。世尊よ、順調です。尊き方よ、また、わたしは、疲れ少なく旅をしてきました。また、〔行乞の〕食で疲れていません」と。

 そこで、まさに、世尊は、尊者アーナンダに、語りかけました。「アーナンダよ、この来客の比丘のために、臥坐所を設置してあげなさい」と。そこで、まさに、尊者アーナンダは、こう思いました。「まさに、世尊が、その〔比丘〕のために、『アーナンダよ、この来客の比丘のために、臥坐所を設置してあげなさい』と、わたしに命じるなら、世尊は、その比丘と共に、同じ精舎(僧房)に住むことを求めている。世尊は、尊者ソーナと共に、同じ精舎に住むことを求めている」と。その精舎に――世尊が住している、〔まさに〕その精舎に――尊者ソーナのために、〔尊者アーナンダは〕臥坐所を設置しました。

 そこで、まさに、世尊は、まさしく、夜の多くを、野外の坐所で過ごして、〔両の〕足を洗って、精舎に入られました。まさに、尊者ソーナもまた、まさしく、夜の多くを、野外の坐所で過ごして、〔両の〕足を洗って、精舎に入りました。そこで、まさに、世尊は、夜が明ける時分に起きて、尊者ソーナに要請しました。「比丘よ、法(教え)が、あなたに明白となれ――〔あなたが、わたしに法を〕語るべく(あなたに法の読誦を求めます)」と。

 「尊き方よ、わかりました」と、まさに、尊者ソーナは、世尊に答えて、アッタカ・ヴァッガ(『スッタニパータ』第四章・義品)の十六〔の経〕を、まさしく、〔その〕全てを、声をあげて語りました(読誦した)。そこで、まさに、世尊は、尊者ソーナの声唱が終了すると、大いに喜びました。「比丘よ、善いことです、善いことです。比丘よ、あなたによって、アッタカ・ヴァッガの十六〔の経〕は、善く収め取られ、善く意が為され、善く保ち置かれました(しっかりと理解され、あるがままに考慮され、正しく記憶された)。〔あなたは〕巧みな智ある言葉を具備した者です。明瞭で、誤解なく、〔正しく〕義(意味)を識知させる〔言葉〕を〔具備した者です〕。比丘よ、あなたは、〔出家して〕どれだけの年になりますか」と。「世尊よ、わたしは、〔出家して〕一年です」と。「比丘よ、では、あなたは、なぜ、このように、長いあいだ、〔出家するまでに時間を〕掛けたのですか」と。「尊き方よ、わたしは、長いあいだ、諸々の欲望〔の対象〕のうちに危険を見てきました。ですが、また、在家の居住は煩雑で、多くの為すべきことがあり、多くの用事があるのです」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「世における危険(無常の現実)を見て、依り所なき法(真理)を知って、聖者は、悪を喜ばない。清らかな者は、悪を喜ばない」と。

 〔以上が〕第六〔の経〕となる。