小部経典

3:ウダーナ

5.7. カンカーレーヴァタの経(47)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者カンカーレーヴァタが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、自己の、疑い〔の思い〕を超渡する清浄〔の知恵〕を注視しながら、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者カンカーレーヴァタが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、自己の、疑い〔の思い〕を超渡する清浄〔の知恵〕を注視しながら、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「この〔世〕であろうと、あの〔世〕であろうと、諸々の疑い〔の思い〕であるなら、それらが何であれ、自らのものとして知られるべき諸々のものであろうと、他のものとして知られるべき諸々のものであろうと、彼ら、瞑想者たちは、それらの一切を捨棄する――梵行を歩む、熱情ある者たちとして」と。

 〔以上が〕第七〔の経〕となる。