小部経典

3:ウダーナ

6.7. スブーティの経(57)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者スブーティが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、思考なき〔心の〕統一(無尋定)に入定して、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者スブーティが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、思考なき〔心の〕統一に入定して、坐っているのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「彼の、諸々の思考(尋)が砕破され、内に残りなく善く整えられたなら、その執着〔の思い〕を超え行って、形態の想い(想:表象・概念)なく、〔人を縛る〕四つの束縛(四軛:欲望・生存・見解・無明)を超え行った者となり、もはや、〔さらなる生へと〕至り行くことはない」と。

 〔以上が〕第七〔の経〕となる。