小部経典

3:ウダーナ

7.5. 他のラクンダカ・バッディヤの経(65)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者ラクンタカ・バッディヤは、大勢の比丘たちの背後から背後へと、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。

 まさに、世尊は、尊者ラクンタカ・バッディヤが、はるか遠くから、大勢の比丘たちの背後から背後へと、〔こちらに〕やってくるのを――色艶悪く、外見悪く、猫背で、多くのところは、比丘たちに貶められている様子〔の尊者ラクンタカ・バッディヤ〕を――見ました。見て、比丘たちに呼びかけました。

 「比丘たちよ、あなたたちは、この比丘が、はるか遠くから、大勢の比丘たちの背後から背後へと、〔こちらに〕やってくるのを――色艶悪く、外見悪く、猫背で、多くのところは、比丘たちに貶められている様子〔のこの比丘〕を――〔それが〕見えないのですか」と。「尊き方よ、このとおりです(見えます)」と。

 「比丘たちよ、この比丘は、大いなる神通ある者です、大いなる威力ある者です。その〔入定の境地〕が、その比丘がかつて入定したことのないものであるなら、しかして、その入定〔の境地〕は、得易い形態のものではありません。さらには、その義(目的)のために、良家の子息たちが、まさしく、正しく、家から家なきへと出家する、〔まさに〕その〔目的〕である、無上のものを、梵行(禁欲清浄行)の終了を、まさしく、〔現に見られる〕所見の法(現法:現世)において、自ら、証知して、実証して、成就して、〔世に〕住みます」と。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「各部が無欠で、白い覆の、一本輻の車が、転じ来る。〔渇愛の〕流れを断ち、結縛なく、煩悶なき者がやってくるのを、見よ」と。

 〔以上が〕第五〔の経〕となる。