小部経典

3:ウダーナ

7.6. 渇愛の滅尽の経(66)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、尊者アンニャーシ・コンダンニャが、世尊から遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、渇愛の滅尽の解脱を注視しながら、坐っていたのです。

 まさに、世尊は、尊者アンニャーシ・コンダンニャが、遠く離れていないところで、結跏を組んで、身体を真っすぐに立てて、渇愛の滅尽の解脱を注視しながら、坐っていたのを見ました。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「彼の、〔渇愛の〕根が地に存在せず、〔渇愛の〕葉が存在しないなら、どうして、〔渇愛の〕蔓があるというのだろう。彼を、結縛から解き放たれた慧者である彼を、誰が、非難できるというのだろう。天〔の神々〕たちもまた、彼を賞賛し、梵天(ブラフマー神)からさえも、〔彼は〕賞賛される」と。

 〔以上が〕第六〔の経〕となる。