小部経典

3:ウダーナ

7.7. 虚構の滅尽の経(67)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、サーヴァッティに住しておられます。ジェータ林のアナータピンディカ〔長者〕の園地において。さて、まさに、その時、世尊は、自己の、虚構の表象と名称(世界認識の道具として虚構された表象・概念)の捨棄を注視しながら、坐しておられたのです。

 そこで、まさに、世尊は、自己の、虚構の表象と名称の捨棄を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「彼に、しかして、虚構(妄想)が〔存在せず〕、かつまた、〔その〕止住(固定概念)が存在しないなら、〔彼は〕綱(束縛)を〔超克した者であり〕、しかして、閂(障害)を超克した者であり、彼を、渇愛なき者として〔常に〕歩んでいる牟尼を、天〔界〕さえも含む世〔の人々〕は、見下すことがない」と。

 〔以上が〕第七〔の経〕となる。