小部経典

3:ウダーナ

8.9. 第一のダッバの経(79)

 このように、わたしは聞きました。或る時のことです。世尊は、ラージャガハ(王舎城)に住しておられます。ヴェール林のカランダカ・ニヴァーパ(竹林精舎)において。そこで、まさに、マッラの子の尊者ダッバが、世尊のおられるところに、そこへと近づいて行きました。近づいて行って、世尊を敬拝して、一方に坐りました。一方に坐った、まさに、マッラの子の尊者ダッバは、世尊に、こう言いました。「善き至達者よ、今や、わたしにとって、完全なる涅槃に到達する時です」と。「ダッバよ、今が、そのための時と、あなたが思うのなら〔そうしなさい〕」と。

 そこで、まさに、マッラの子の尊者ダッバは、坐から立ち上がって、世尊を敬拝して、右回り〔の礼〕を為して、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達しました。

 そこで、まさに、マッラの子の尊者ダッバですが、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達したところ、肉体が燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ありませんでした。それは、たとえば、また、まさに、あるいは、酥(バター)が、あるいは、油が、燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ないように、まさしく、このように、まさに、マッラの子の尊者ダッバですが、宙に舞い上がって、虚空において、空中において、結跏を組んで、火の界域に入定して、〔そののち、火の界域から〕出起して、完全なる涅槃に到達したところ、肉体が燃やされつつ、焼かれつつも、灰が覚知されることもなければ、煤が〔覚知されることも〕ありませんでした。

 そこで、まさに、世尊は、この義(道理)を知って、その時に、この感興〔の言葉〕を唱えました。

 「身体は朽ち果てた。表象〔作用〕(想:認識対象を表象し概念化する働き)は止滅した。諸々の感受〔作用〕(受:認識対象を感受し楽苦の価値づけをする働き)は、一切が冷静と成った(苦と楽と不苦不楽の感受は、その機能を停止した)。諸々の形成〔作用〕(行:生の輪廻を施設し造作する働き)は寂止した。識別〔作用〕(識:認識作用一般、自己と他者を識別する働き)は滅却に至った」と。

 〔以上が〕第九〔の経〕となる。